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歴史の町 とんだばやし

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瀧谷不動明王寺

古来「日本三不動の一」といわれ、俗に「目の神様」「芽の出る不動様」などと呼ばれて広く信仰され、眼病平癒、商売繁盛、厄除け、交通安全など、あらゆる祈願に不思議の霊応あり、ご利益を願う人々が多く、毎月28日のご縁日にはこれらの人々で境内がいっぱいになる。弘仁12年(821年)に弘法大師の創建と伝えられ、本尊の不動明王、両脇の二童子ご三体は国の重要文化財に指定されている。真言宗智山派の修行道場として、修験道講習・経典読誦会・写経会等も行われている。近畿三十六不動尊霊場第三十二番にも指定されている。

瀧谷不動明王寺


所在地 富田林市彼方1762
交通 近鉄長野線滝谷不動駅下車徒歩15分

楠妣庵観音寺

観音寺の縁起は、楠正行が在世中、後醍醐天皇[1288~1339年(正応元年~延元4年)]の崩御後、ここ峰篠山の一角に一殿を建て、同天皇の念持仏であった千手観音を奉安して、「峰篠山観音殿」と称したのに始まる。楠公夫人久子が、夫・正成の湊川戦死と、その子・正行の四条畷討死の後に出家し敗鏡尼と称し、生まれ故郷の甘南備に草庵(南妣庵)を結び、正成をはじめ一族郎党の菩提を弔い、寂寥の余生を16年ここで過ごした。敗鏡尼の没後、正行の弟正儀が観音殿を改め観音寺とし、楠一族の菩提寺とした。その後、同寺は、兵火などの災厄に遭い、楠妣庵とともに久しく廃滅していたが、1917年(大正6年)草庵の再興に続いて1922年(大正11年)観音寺本堂が再建されている。

楠妣庵観音寺


所在地 富田林市甘南備
交通 近鉄「富田林駅」よりバス「甘南備」下車すぐ
料金 大人200円/小100円

美具久留御魂神社

祟神天皇がこの地ゆかりの大国主命を祀ったのが始まりとされ、現在「大阪みどりの百選」に選ばれている。別称の多い社で、折方宮、下折方宮、綾池速備宮、大国宮、金毘羅宮、佐美陀礼宮、支子宮、支子荒魂宮、和爾宮、西條宮、羽曳宮、香折岡宮、旭岡宮、貴志宮、下水分、中水分などとも言われている。

美具久留御魂神社


所在地 富田林市宮町3-2053
交通 近鉄長野線「喜志駅」より徒歩15分

錦織神社

古代に錦部郷と呼ばれたこの地の守護神を祀ったとされ、本殿の唐破風と千鳥破風を組合せた独特の様式は国の重要文化財に指定されている。重文に指定されている本殿は3間入母屋で正面には漆、丹塗、彩色がほどこされ華やかである。平成16年12月12日、富田林市錦織神社の本殿が70年ぶりに修復された。

錦織神社


所在地 富田林市宮甲田町9-46
交通 近鉄長野線「川西駅」より徒歩5分

興正寺別院

証秀上人によって永禄年間(1558~69年)に開かれ、現在、創設期の遺構はすべて失われたが、ほぼ当初の寺地を保ち、真宗道場形式の本堂としては大阪府下最古の遺構。重厚な門は伏見城の門のひとつを移築したもので、本堂の外陣には、狩野寿石秀信の筆による襖絵が残されている。

興正寺別院


所在地 富田林市富田林町13
交通 近鉄長野線「富田林西口駅」より徒歩10分

目白不動願昭寺

「目白のお不動さん」と親しみをこめて呼ばれる目白不動願昭寺は、信者たちの手によって建てられた「手作りの寺」として知られている。本尊不動尊像は樹齢800年の原木を10年の歳月で彫り上げた楠の一刀彫で、背中の火焔7尺を含めて全長約6.4メートルもある大きなもの。また、梅の名所としても知られている。

目白不動願昭寺


所在地 富田林市伏見堂953
交通 近鉄長野線・南海高野線「河内長野駅」よりバス「神納」下車徒歩90分

浄谷寺

寺内町の西端に位置する浄谷寺は、弘安9年(1286年)に創建された融通念仏宗の寺院で、天正2年(1574年)にこの地に移転した。寺内には応長元年(1311年)造立の地蔵菩薩石像、西国三十三度行者資料(ともに大阪府指定文化財)が保管されている。

浄谷寺


所在地 富田林市富田林町7-12
交通 近鉄長野線富田林西口駅下車徒歩5分

智福院 龍雲寺

1724年(享保9年)狭山藩主北条氏の援助のもと、独園和尚が開山となり黄檗宗に改宗し、北条家と狭山藩士ならびに加太新田農民の菩提寺としてこの地に移された。

智福院 龍雲寺


所在地 富田林市加太
交通 南海高野線大阪狭山市駅下車

お亀石古墳

古墳時代終末期の石棺式石室をもつ典型的な古墳で、直径15メートル、高さ4メートル程度の円墳からなる。石棺の材石は二上山産の凝灰岩で、羨道の切石には巨大な花崗岩を用い、豪族の墳墓。同種の古墳は河内南部に多く、7世紀前半石川流域に多数居住した百済系渡来氏族との関係からも注目すべき遺跡。

お亀石古墳


所在地 富田林市大字中野
交通 近鉄長野線「喜志駅」下車徒歩30分

 

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